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2018.05.16 Wednesday

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2018.05.16 Wednesday

携帯電話故障

5月16日(水)

携帯電話故障につき連絡取れず、
SIMにつき代替機種手配・交換が非常に遅れております。
連絡途中だった方で連絡できねーぞ!!
って方で、こちら運よく見られている方いらっしゃいましたら、
yururi_kiki●msn.com
にメールくだされー。
LINEも何もかもすべてできませーん。
PCログインもこんなときに限ってコード入力で、できなーい。
2018.03.28 Wednesday

pink!

 週末、実家の庭の桜を見に帰るついでに泊まろうと思い電話をかけるも、『わたしらあと何回桜見れるかわからへんし出かけるわぁ』との返答。京都市内で桜のある家はそうも数はないだろうけど、桜並木は家にはない。
 家の大屋根にかぶるほどの大きな桜が実家にあるというのは、ちょっと正直誇らしいのだけれども、はて満開の頃合いを見たのはもう何年前なのだろう。自転車で帰れる距離にある実家のくせに思いばかりを馳せて、腰は重い。
 最近、新聞の連載小説が面白い。内容が、というよりかは、細々ぷつぷつと届くさまが今の自分に心地よい。
 新聞なんて物心ついたときから傍らにあったのだけれども、連載小説は読もう読もうとしてもいつも細切れすぎて、アーモウ!(鼻息荒)という状況であった。けっして気が長くなった、というわけではなく、今の生活が生活、だからだ。
 あまり子育てのことやら子のこと自身書くまい、と思っていても、今のわたしの中心がそれだから、自然とこぼれてしまう。
 誰かをお世話する生活はとても大変だ。その姿をじいっと見ていると、嗚呼、わたしこの子の人生を預かってしまったのか!(なんたる責任感!)と、ひとりヒャッとなったりする瞬間がある。この子つゆ知らず、わたしの顔を見てゲラゲラ声をあげて笑う。わたしの顔に何かついているのかしら。
 きっとわたしは他人目から見ると、凡庸な子育てしている主婦でしょう。それが以前はわかっていながらも少し受け入れづらかったのだけれども、今はそれはそれで、心地が良い。なんせ事実なんだから。
 凡庸なる地平線で自分というものが表せたらいいではないかな、やってみよう。そんな感じ。
 先日、テレビで友達がつくった番組を見た。すごく嬉しかった。エンドロールに名前が一番に出たとき、その名前を叫んだ。涙が出そうなくらい嬉しかった。
 連絡を密にしていたわけでもないし、近況も知らなかったが、彼女は彼女なりの苦労や思いがあって形にしているということは、別に聞いてもいないけれども伝わってきた。とても励まされて勇気をもらったのでした。
 勇気も鋭気も、腹ごしらえで、今日もわたしはもの食う人々。写真は撮れたり撮れなんだり、でもね、食べる。
簡単な料理が非常に多くなっているが、肉じゃが、ハンバーグ等々オーソドックスなものもつくったりなこの頃。
やはり何もできない、というときの水餃子。ケールとシイタケも入れて。

卵雑炊に抱かれたかった日。朝ごはんでしょうか。

母のかき揚げには完敗。悔しいなあ。悔しい!
それを言うなれば、『そら年の功よ』やってさ。
それではチャオ!また徒然。
2018.03.13 Tuesday

近所のご意見番の死

 まったく、何からどう書けば、というくらいに日々の生活に追われています。

 子育て中のお母さんの着の身着のままの格好を、なんとなしに好ましくない目で見ていた、その目が自分自身に返ってきているような気もする今日この頃です。ネットにありがちなキラキラママというやつは、よく寝てくれてやりやすい子か、子育てのアウトソーシングの賜物か、ほんまに気張ってやっているかのどれかに当たるのだろうなあと、ぼんやり御座候を食べながら思うのでした。
 みんなちがってみんなよい、わたしはわたしにしかなれないのである。
 そんなわたしの子はというと非常にやりづらいタイプで笑ってしまう。とても大きな子なのですが、肝っ玉がとっても小さい。くしゃみで泣く、鼻をかんでもビビって泣く、花粉症の佳境のわたしとは相性わるい日常を過ごしているのです。
 そんなこんなでお食い初めをする頃合いとなり、お鯛さんだけは予約してゲット。あとは、冷蔵庫の中身と相談しながら、ぺペペと買い物行ったものと組み合わせて、それなりの形になっているのかなっていないのかわからないが作り、男の子は朱の漆器ということで、水屋箪笥からありったけの朱色漆器を出して盛り付けた。
 お宮参りに行って、お食い初めもして、何かしてあげるごとに魂宿るというか、こちら側の構えというものが段々と子の存在に追いついていけているような気も、する。
 つい先日、整理業者が近所の某宅の前に車を止め、数日にわたり整理していた。そこの婆さんというと、わたしの顔を見るたび『早く子どもつくりなさい』と言い放ち、2,3回は良かったが、その後の執拗な声掛けにうんざりしていた。妊娠中は足早に会釈して通り過ぎていた。
 子ができてからも会いたくないなあと思っていた矢先の出来事で、別に悪いことしたわけでもないが、なんだか悪いなという気持ちになった。
 婆さんは近所の至る所に出没し、至る所を見て、看板どうのこうの、ゴミ出しのネットがどうのこうの言っていた。パトロール兼見張り番であった。
 なんだかんだ、もしかしたら施設に入ったのかもしれない、と思うも、いやあ、あの婆さんは施設に入るようなタマじゃない、なんてことを自問自答しながら、わたしなりに偲ぶのでした。

氏神様の八坂神社からの御神饌と歯固めの石。

思っていた以上にデカい立派なものに。
食べ残しは、鯛でんぶと鯛の炊き込みご飯にした。ご馳走様。

ぼちぼち料理ができるようになり、ぼちぼちと、相も変わらないものを食べている。
冷蔵庫の掃除になる野菜あんかけは十八番。

汁物用の土鍋も買った、蓄熱性が良いからおかわりが冷めない。よろしいぞ。
またボチボチつれづれ書きます。
2018.01.10 Wednesday

成人の儀

今年の成人式は荒れる成人式報道というよりかは、貸衣装屋のとんずら報道が多いようで。

貸衣装屋というと、京都はそのメッカで、次から次へとできている。これだけできていて儲かるのだろうか、という気持ちも些かある。寒空の下、羽織もなく若干凍えそうに過ごしている彼・彼女らに、おいおい羽織くらいちゃんとつけたれよ、と内心思う。

そうゆうとこの経営者はえてして、えーかげん、だとも思う。
成人式というと、わたしは苦い思い出があり。その苦さも年々薄まり12年、干支は一回りした。
当時から相変わらずな部分は相変わらずで、成人式なんて偏差値低いやつらの集まり行きたかねえわ、と思い、当日バイトをわざわざ入れていた。
バイト中、連絡が来て会おうよ!となり、いやあ、わたしバイト帰りになるし晴れ着も来てないし無理無理、と断っていたものの、再三催促され、みんなフツーの服よ、気にするな、ということで、それなら、と思い、いそいそとお店にいくと驚いた。
みな晴れ着やスーツで、しかも、友達の友達という面々までいる。一番嫌いなパターンだった。おいおい、どこがフツーの服だ。
とたん自分がみすぼらしく思えた。トイレに少々籠ったあと、早速と帰った。
わざとか、知っててか、デリカシーがないのか、はたまた、わたしの気にしすぎ、なのか。その後数年間は、あの自分が感じたみすぼらしさを反芻した。
次の日、家でささやかに成人式のお祝いをしてもらい、お祝い金をもらった。
ハタチの自分と今の自分は何が違うのか、決定的に違うことは押し黙る部分というものが出てきたことだ。
とはいえ人と比べたらおしゃべりな部類に入るけれども、そんなんおかしいやん?ということから、悲しいこと、辛いこと、ひそかに志ていること、そうゆうことの核心については、喋ることが少なくなった。
だれかれ構わず、伝わるわけでもないことがわかってきた。うーん、そやねぇ、なんてやり過ごすことも多くなってきたように思う。
とはいえ、自分の興味ある人にはわかってほしい、と思うのが、まだまだ甘ちゃんなのかも、し、れ、な、い。
思い出しては無知で無謀で赤面するような、大っ嫌い、をぶちかましてやりたいときが、時々、あるのです、がちょっともうそこに踏み込めない自分もまた居たり。
追伸:ITOの日にイトーくん、誕生日おめでとう。
2018.01.03 Wednesday

2018年

新年きたる。平成も30年かあ、なんて思った人も多いと思います。わたしもその一人。

とはいえ、昭和60年生まれのわたしにとっては、平成の頭からどっぷりと平成を感じているかと言えばそうでもない、かもしれない。
ただ、消費税導入の際の話は家族の動向をみていて覚えている節がある。その前に、100万円を超えるピアノを買ってもらっていたこともあり、小さい時分なりにも消費税というものは余計にお金がかかる、という概念があったように思う。
と、意図せず、新年早々お金の話をする2018年。
ここまでの年齢になるまでお金で苦労したことがない、というのはひとえに家族の支えや導きがあってのことで、隠れ貧困だのなんだの取りだたされている社会では有り難いことなのかもしれない。

そして、今度はしてもらう側でなく、する側として、本当の意味で大人にならないといけない年の始まり。

昨年は、妊娠に始まり難産に終わる一年であったけれども、なんとも大きな大きな子を授かって、やっぱり心の底からうれしかった。静かな部屋で子の顔を見て、さめざめとしみじみと嬉しく思う。

自分の子とは可愛いものなのですね。でも、この子はクセのない可愛い顔をしているから可愛いのか、やはり自分の子だから可愛いのか、ちょっと今一つわからない。相変わらず、子ども全般は好きではない。

「自分の子は可愛い」「健やかに」という今まで素通りしていた言葉がよくわかる。
そして、世の中に溢れる子どもの虐待事件が、想像以上に恐ろしいものなのだということにゾッとする。
痛かったろうな、怖かったろうな、と思う。月齢のもっと幼い子なら、怖いという気持ちがまだわからないままに、ただただ痛くて亡くなってしまったのかもしれない、と思う。おのずと自分の子を抱きしめてしまう。
6人生まれるはずだった子は堕胎により一人減って5人となる、そんなことを考えてもまた怖い。
あれやこれやと目を向けるより、ただただ、目の前のことを豊かに実らせてゆくことがわたしにとっては良いのだろうなと思う。
そのように励んでいきたいと思いつつ、これからもよろしく。
皆さんの抱負や課題やなんですか。




お蕎麦美味しい。蕎麦屋さんにもなかなか行けないだろうな!

年越しそばは海老天あげて。

今年はほ〜んとに笑えるほど質素なものしかできなかった。作っただけえらいわ、また、来年できたらよいな。
しかし、だしをきかせたこってり白味噌、海老芋、餅、大根の雑煮は外せない。
今年は文章の多いブログになるでしょう。
2017.12.22 Friday

またとない機会。

お久しぶり、こんばんは。

クリスマスが大好きで、加えて年末への足早感も大好きであるのに、ちょっとわたし浦島太郎。

ブログには書かんでおこうかなと思いつつも、そうそう、難産に難産で子を産み、お母さんの端くれになりました。
何気にわたしの近況が知りたくブログ覗いている懐かしい友達もおるであろうので、書いておくことにする。
子が生まれたということはよっぽど親しい友達2,3人くらいにしか個別にはわざわざ連絡しておらず、
ある意味名無しの権兵衛的なブログやfacebook以外のSNSというのが風のうわさ程度の心地よさでよいなとわたしは思うのです。
前置きが長い。
またとない機会について、つらつらと面白くない文章を書きます、わ。
そもそも、ゆるりが子ども!?というのは、自分でも意外。でも、もうけよう!と思い運よく授かった。
ある人に『へ〜、そう来たんや、意外。』と言われたのは、素直な意見でとても良いな、と思った。
長らくの間、子については非常に懐疑的であった。
結婚5年を過ぎ、えいっと思えたのは、ふと、自分は幸せなのかもしれない、人生ってまあええのかもしれない、とやっと思えたことが根源にある。
生きていることは課題の連続であり、不条理があり、ともすれば良いことより悪いことのほうが多いのかもしれない、とずーっと思っていた。それでも、ふと、自分は幸せかもしれない、人生ってまあええのかもしれない、と思えて踏み切れた。
人生の中で、当たり前のように結婚というものが存在して、その延長線上に出産があるとは未だ思えないし、子が居ようが居まいが、結婚してようがしてまいが、その人はその人、であり、それらの要因の有無で優劣はない、という気持ちは相変わらずある。
あれだけあれやこれや長年悶々と考えていたのですが、ただ、子を目の前にして思うのは、目の前にただただ理屈じゃないものがドンっと存在するということ。それに右往左往し、手と時間をかける動物的な日々をすごしている。
そ、動物。
乳をやるとか、お腹が大きくなる、産む、ということ自体、どうも気持ち悪く、想像するだけで動物臭が漂いゲゲ…とも思っていた。
過ぎ去りしは、遠い過去のようで、自分であって自分でないような気もする。
乳は今やっているが、乳にしろ哺乳瓶にしろ、一生懸命かぶりつこうとする姿に自分が動物だのなんだのよりも驚かされて、思考は止まる。
しかしながら、出産というものは非常に特異なものにわたしは感じた。
というのは、冒頭の通り、難産の難産であったから、かもしれない。陣痛室に5日間もいた人ってそうも居らんでしょう(苦)
少々過程を書くと、
予定日前でありながら、このまま予定日待つと4キロ超える、となり急遽入院することになり、陣痛を誘発。
その誘発といったら、1日目はラミナリアという細い棒ですね、あれを複数本局部にぎゅうぎゅうに入れる。非常に痛い。プラス、誘発剤。
翌日は、ラミナリアからバルーンというものに変更。本当に、バルーン。局部に入れられた風船はその役目のため、膨らまされる。痛い。くしくもこの日は友達の誕生日。股から貴女を祝ってあげる!とメールしていた自分が嘆かわしい。プラス誘発剤。
この時点で、後位破水という状況にはなっている。
3日目、この日くらいに普通の方なら生まれるが、わたしはダメだった。点滴の誘発剤に変えても無理だった。この日でしっかり破水したのではなかったのかしら。?
4日目、5日目、点滴の種類を変えるも、生まれない。破水による感染症のリスクが出てくる。陣痛は後半、2分に1回かそれくらいの頻度になるも、いっこうに児が骨盤を通ることができず、見通しもたたず、最終的に分娩停止。
6日目に緊急手術として帝王切開で出産した。細いところを通ろうと頭が伸び切ってしまった児を見た瞬間、フィフス・エレメントの青い宇宙人を思い出した。
『頭はしばらくしたら、戻りますよ!』と先生に溌剌と言われた。
とにもかくにも、助産師さんのことばを借りれば『フルコースですね、(陣痛も帝王切開も)両方経験するわけですね、経験値アップです』
この若い助産師さんの言い回しは少々2次元系に親しむ香りがしてわたしは痛みに苦悩しながらも好感が持てた。
児はたしかに大きかった。3700gであった。
加えて、わたしの骨盤が小さかったために通らず、児が降りてこれず子宮口も開ききれず、ということだった。
友達から早速メールが来た内容が『ゆるまんさんだなんて名前呼んでたけど、かたまんだったのね!』だった。
とりあえず、陣痛というものは本当に痛い。長ければ長いほど地獄であった。『日本のいちばん長い日』を体感できた。
振り返っても、妙な空間だな、と思う。極限の痛みがあり、産んで、ケロっとした顔で退院する人が大方の空間。それが、延々と繰り返されている空間で、つい最近のことであるのに、色あせつつある空間。
非日常であった。
産後、しばらく実家へ帰り、上げ膳据え膳していただいた。有り難い。これもまた非日常。
自宅へ戻り、寒を感じて季節の移り変わりを感じた。でも、まだクリスマスや年末は感じてない。
ただただ、腹部の手術痕が未だ少し痛く、ただただ、大きな大きな児に右往左往して、着の身着のままの格好、自分の料理もくそもなく、寝ている児を見て、わが子、なのか?と、不思議と思い、息しているかな?と顔を近づけて、ほっとする。
ああ、こんな鯛や今までのご飯、ボタン押したら出てこんかなあ、とか、なん、とか。
鯛茶漬け、やっぱりおいしかった。
できること、また色々増やしていきたいと、思うのでした。
さて、年末また更新できるかな。
楽しいクリスマスを。美味しいご飯を、心安らぐ人とともに。
追記:αステーションのキヨピーの2番組で3回にわたり、わたしの出産中継報告を読んでいただき有り難かった。
ちゃっかり、投書しているのです。へへ。
2017.10.13 Friday

”それでも、この世は生きる価値がある。…”

”ただし、勇気と覚悟を持てば。”

 

毎朝7時から始まり10時に終わるラヂオを途中から流す。だいたい8時過ぎから流す。

ラヂオの前にずっといるわけでもないから、聞こえたり、聞こえなんだり、いつのまにか終いになっていたり、締めのことばを聞くために立ち止まって聞いてみたりする。佐藤弘樹さんという声のいいDJがやっているこの番組は前は11時までやっていたのだけれども、いつのまにかあっけなく10時終わりに。高齢というほど、高齢でもないのに、何故かしら、制作サイドからの要望か、はたまたご自身の要望か。10時から11時はnonDJタイム。健康上の問題かしら、なんて、わたしは少し心配する。

 

とある日の、締めのことばが表題のとおり。

この世は色々嫌なことや困難なこと、不条理なことが多いですよね、の例をつらつら挙げながら、

『それでも、この世は生きる価値がある。ただし、勇気と覚悟を持てば。』

とのことだった。何かの一説の引用だったのかは、ちょっと途中聞こえなかった。

 

ここ2年半でわたし自身気づいたことがあり、それがこの言葉に集約されている気が、少し、した。

”ただし、”の先が明確な言葉となっていたわけではなかったのだけれども、
まあ・そうゆう・こと、よね、と、ひとりラヂオの前で、ふうむ、とうなずいていた。

勇気と覚悟、というものはすんごく重い。どちらかと言えば、わたしは背負いたくないものである。

けれども、良きことだけでなく悪きことも、玄関からハイコンニチハと堂々と入ってくるようなことが、それはそれなり構えをしっかり持てば持つほどままあり、一憂ばかりではどうも前に進まないことがこの歳では出てくる。

強くなければならんなあ、と自身思うことが、勇気と覚悟、というものにつながるように感じた。

 

案外、これがない大人というのもまた多い気もする。

ひとのことをとやかく言いたいわけではなく、これらがある大人って、やっぱし、魅力的、に映ることが多い。

そんな〜、アナタが〜、大好きで〜す〜、と歌いながら、

経年とともに面の皮が厚くなるように励みましょう。ささ、おでんでさえも、煮れば煮るほど、得も言われぬ、姿になるのですよ。

そうそう、少し、黒光り。

 

そんなアナタも数日前はウブだった。(ウフ。?)

 

高知産直の藁焼きのタタキを食べたら他が食べれぬ…。

卵と豆腐という今やありふれた食材も、煮て美味しいのです。お酒で煮る。

 

豚バラが安くなっていたので久しぶりに。

 

あらあら、玉ちゃん、汗などかいちゃって。と言いながら戴きます。

 

相も変わらず、お弁当は毎日作っています。

飽きてくれないのかなと少し思ったりもしますが、飽きないらしい。

そんなわたしは最近、よく母親から差し入れにお菜やお弁当をもらったりしますが、飽きないな。

外食でもなく、誰かに作ってもらえるご飯ってとても有り難い。でも、外食で何気なく楽しい時間を過ごすのもまた有り難い。

 

今日から秋雨、はよう上がって秋めいてほしいですね。

お、や、す、み!

 

 

 

2017.09.15 Friday

数か月放置のち。

こんばんは。数か月ぶりの更新でしょうか。

更新せずとも、日々飯を炊き、喰い、それに加えて少々慌ただしく過ごしておりました。

ひっそりと、https://www.instagram.com/yururi_kitchen/

という、料理専用のアカウントなんて設けておったのですが、

こちらもぼつらぼつらの更新です。

相変わらずのものを食べております。

 

8月で32歳となり、あら響きからしてイイオトシ!という感じでしょうか。

今年に入り生活にとても変化があり、目まぐるしいですが、

これからもっと目まぐるしくなるのだろうと感じております。

 

玄関からは良きことも悪きことも舞い込んでくるさかいに、

どっしり構えなあきませんえ、という言葉が沁みます。

 

9月は夏と秋が同居している、とパッと点けたテレビが申していたが、

わたしとしては、褪せた夏に秋がところどころ入っている印象。

日に日に秋めいているのが本当にうれしく感じます。

なんだかんだで、日中はそれなりに暑く、でも色合いが褪せた空気が漂っているんですよね。

まあ、同居している、といえば、そうかな。ふふ、ふん、ふん。

 

あれやこれや少し書いてみましたが、少し消して、とりあえず、投稿。

ではでは、32歳の御年のわたしもまたよろしくお願いします、ゼ。!

 

 

追伸:ロック丸氏書きこみありがとうございます。

   コメント欄に返信しようと思いましたが、メールアドレスもオープンされてしまいますので、こちらに。

   お元気そうで何よりです。

 

2017.06.29 Thursday

気づけば、6月末です。

誰かのことを案ずるような立場でないものの、

大事な人のことは案じてしまう。

その人が不器用であればあるほど、歯がゆくなってしまい、

内心苛立ちすら覚えてしまう、というミッドナイト。(ね、ね、眠れぬ。)

しかし、当人にメールして苛立ちをぶつけるわけにもいかないので、少し・もやつく。

 

人はそれぞれ生きているがゆえに抱える悩みは多かれ少なかれあるでしょう。

 

たまに、わかってほしいなあ、と思うときがある。悩みに関わらず。

それは家族に対して、でもなく、誰か、なのだけれども、

誰か、とはすごく難しい。石を投げたら当たるわけでもない。

あんたに投げてねえよという石を頓珍漢を通り越したチントンカンな方向へ投げられることもある。

(反対にわたしもそう投げているだろう。)

また、その石よく飛ぶんだよなあ。

 

自分のことを下心なく思ってくれる他人とは貴重ですね、とつまらないまとめ方に帰結。

だいたいわたしは万人受けするタイプでないので、ことさら有り難いのだろうなあ。

と、ぼやぼやしたところで、もの食う人々の記。

だいたいカレーは多い目につくる。

カレーに関わらず料理は全部そうだけれども。カレーのラストは、カレーうどん。

暑い夏もハフハフしたい。だしは濃いめにね。

 

カレーと来れば、次は唐揚げでしょうか。

周りは唐揚げ好きが多い。と言っても、2人しか思い浮かばないけど…。

でも、わたしも好きだなあ。唐揚げは毎回味が違う。適度に適当がなせる技。

基本、生姜、醤油、味醂あたり。塩麹もおいしいが、塩麹今は作ってない。また作ろう。

 

青椒肉絲。滑らかな口当たりに仕上げる。片栗粉な。

隣のトマト、そう、トマト、一週間で1箱15個くらい入っているのを消費する…。

わたしはトマト姉ちゃん、台所でかぶりつく。

 

めんどくさいときの味方、揚げそば。

毎回ブログに登場してそだね、月一つくってそうだ。ヤングコーンが入ると嬉しいよね。

ホタテも毎回入れている、なかなかこやつ、だしが出て良いのだ。

 

高知から送ってもらうシマアジ。アジじゃないよ。シマアジ。

幻の高級魚と銘打っている。確かに、美味しい。青魚の味ではない。

機会ある方、食べてみてね。

 

酢豚。黒酢ないから、普通のお酢と最後に嫌味にならない程度にバルサミコ酢を。

コクがでる。

 

ナムルを種々つくったら、ピビンバ丼でしょう。

スナップエンドウ、トマト、もやし、ミョウガ、のナムルを。

茹で、炒め、生ナムル、色々作れる。

 

テレビでマスタードをソースとして使って炒め物をやっていた。触発される。

隣は、コールスロー。

白梅酢で和えただけ。去年の梅漬けたときの白梅酢、役立ちますわ。

 

エビフライと、メンチカツ。これ、オカンが下ごしらえしたの持ってきてくれた。

 

タルタルは自分で作る派。おいしいやん。

ヤングコーン皮つき、売り始めたね^^

 

目先新しいものを食べようと、残り物野菜と豚で餡をつくり、

冷や飯で揚げご飯?にする。干し飯(ほしいい)みたいだ。じゅうっと餡をかけたら鳴った。

若干面倒なので、もうやらないでしょう。

 

チキン胸揚げ。

 

鶏そぼろご飯。

芋の味噌汁ってしみじみおいしい…。

 

空芯菜、筒菜やね、炒め物。

 

オカヒジキ、切り干し大根、カイワレの和え物、おいしかった。

 

筍仕事をブログでは紹介していなかったので。

 

筍ご飯。

 

てんぷら。

 

鶏とアスパラと筍のオイスターソース炒め。

 

筍と、これはキャベツと豚かなあ、ネギもあるかな?もう忘れておる…。

餡をつくり…、

 

春巻きに。

 

季節のものって美味しいですよね。つくづく美味しい。

おやすみなさい。ええ具合に眠たくなってきました。

もう少しで7月ね。

 

夏生まれの夏のお嬢さんなので、真っ黒なって楽しみますわ!

 

 

2017.06.02 Friday

おひさしぶりで6月です。

更新するする、と、するする詐欺ごとくしてなかった…あちゃぱ。

私生活少し忙しく過ごしておりました。

 

1年半スクールに通い、投資金額総額130万円でしょうか。

とある国際ライセンスを取るための試験が5月末にあり、それを終えてほっこりしているところです。

名目だけは似たかよたかの資格が日本国内にはゴロゴロありそれも桁違いの安さで、期間も短く、ラクに取れるとなると、

一般的な大人のカシコイ選択としてはそちらを選ぶのであろうかな、なんて思いながらも、

でも、思うことがあり、学ぶならしっかりした知識を、とあら、わたし、とーっても生真面目ね!

右往左往しながら1年半過ごしました。本当に大変だった。

よく、物事とは続けることに意味がある、という言葉がありますが、
その通りで資格取得後も生涯かけて続けてゆき、自分なりに形作れたらな、という思いもあります。
しばらく放置していたブログですが、これもまあ、続けていくことそのイチであったりで、
ちゃんと6月からぼちぼち更新するので、ファンの皆さま(?)、よ・ろ・ち・く・(び)!
食べる方はよく飽きもしないものだな、と思うものにお弁当がある。
「飽きひんのかあ?」と聞いても飽きてないし、外食は嫌いみたいだ。でも、ランチミーティングや、
後輩の世話のため外食が入るのでその時以外はやはり弁当。
前々から書いているが、お弁当は10-15分で作る。作り置きを詰めるともっと早い。
よって、ごらんのとおりだいたい卵焼きが入って3品というのが定番。
ここ2か月えらく体調不良があって、母親が惣菜を作ったり、時にはお弁当を作っていてくれてたのだが、
その品数の多いこと多いこと。わざわざ、しているのではなく、本当に毎日この多さをやっているのだからすごいなあ、
と思うのでした。
十八番というか、うちのおっちゃんが大好きだから作る。
先日、大阪で話題の?中華のお店にいったが、麻婆豆腐にしろなんにしろ、わたしが作った方が、
美味しいやんと思った。いや、ほんと、んまいんだ。
豆板醤は塩味が強くそして表面的な辛さにだけなってしまうので、味の深みを出すために、味醂or砂糖も大事にしよう。
醤油はわたしは入れないなあ。豆鼓・花椒はマストで。
これは、カンパチのしゃぶしゃぶしたときだね。
こうゆうものがおいしくなった季節。
特性ダレをかけていただく。
自分一人だけだと、こうゆうごはんになる。シイタケステーキ(チーズ乗せ)、浅漬けサラダ。
土井善晴センセがテレビで酸辣湯作ってはったので、わたしも、胡瓜の皮を剥いて、
他はあるもので作る。酸っぱく辛いものの夏はおいしいね。
料理めんどくさい!時の定番が、パリ麺!
休日の朝ごはん。
平日の朝ごはん
平日の朝ごはん。コロッケサンド(これは母がパンから作ってくれた。)
最近、Instagramで10品以上もあるような豪華な朝ごはんは流行っているが、あんなん毎日食うてたら
飽きひんのやろうか、と嫌味でなく素直に思う。
朝から晩御飯みたいなメインがあったり、晩御飯何を食べているのかが素直に気になる。
フォトジェニックはいいのかもしれないが、できない人がはあれが朝ごはん!と思うと、荷が重いだろうなあ
となんとなく思う。
わたしは一日の三食を通してバランスよく栄養が摂れたらいいのではないかな、と思う。
食べ過ぎた日があれば、その次の日でバランスを取る、毎日のことだから、ある程度肩の荷はおろしておきたい。
わたしはフレンチトーストがそんなに好きでないけど、好きな人がいるので、焼く。
喜んでおる。料理とは手軽に人を喜ばせられて力になるからイイね。
去年の梅シロップで。
今年の梅仕事は梅干し5キロだけにしよう。去年は15キロ。
塩分10%、砂糖10%なのでとってもおいしいのである。ふふふ!
みるっこが来た。うれしいなあ。歴代4台の珈琲ミルはオブジェと化す。
もう刃がねあかんなってた。
それでは、また来週あたり!
あ、今年の筍仕事はその時に載せよう。
それではでは、よき週末を!
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