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2017.12.22 Friday

またとない機会。

お久しぶり、こんばんは。

クリスマスが大好きで、加えて年末への足早感も大好きであるのに、ちょっとわたし浦島太郎。

ブログには書かんでおこうかなと思いつつも、そうそう、難産に難産で子を産み、お母さんの端くれになりました。
何気にわたしの近況が知りたくブログ覗いている懐かしい友達もおるであろうので、書いておくことにする。
子が生まれたということはよっぽど親しい友達2,3人くらいにしか個別にはわざわざ連絡しておらず、
ある意味名無しの権兵衛的なブログやfacebook以外のSNSというのが風のうわさ程度の心地よさでよいなとわたしは思うのです。
前置きが長い。
またとない機会について、つらつらと面白くない文章を書きます、わ。
そもそも、ゆるりが子ども!?というのは、自分でも意外。でも、もうけよう!と思い運よく授かった。
ある人に『へ〜、そう来たんや、意外。』と言われたのは、素直な意見でとても良いな、と思った。
長らくの間、子については非常に懐疑的であった。
結婚5年を過ぎ、えいっと思えたのは、ふと、自分は幸せなのかもしれない、人生ってまあええのかもしれない、とやっと思えたことが根源にある。
生きていることは課題の連続であり、不条理があり、ともすれば良いことより悪いことのほうが多いのかもしれない、とずーっと思っていた。それでも、ふと、自分は幸せかもしれない、人生ってまあええのかもしれない、と思えて踏み切れた。
人生の中で、当たり前のように結婚というものが存在して、その延長線上に出産があるとは未だ思えないし、子が居ようが居まいが、結婚してようがしてまいが、その人はその人、であり、それらの要因の有無で優劣はない、という気持ちは相変わらずある。
あれだけあれやこれや長年悶々と考えていたのですが、ただ、子を目の前にして思うのは、目の前にただただ理屈じゃないものがドンっと存在するということ。それに右往左往し、手と時間をかける動物的な日々をすごしている。
そ、動物。
乳をやるとか、お腹が大きくなる、産む、ということ自体、どうも気持ち悪く、想像するだけで動物臭が漂いゲゲ…とも思っていた。
過ぎ去りしは、遠い過去のようで、自分であって自分でないような気もする。
乳は今やっているが、乳にしろ哺乳瓶にしろ、一生懸命かぶりつこうとする姿に自分が動物だのなんだのよりも驚かされて、思考は止まる。
しかしながら、出産というものは非常に特異なものにわたしは感じた。
というのは、冒頭の通り、難産の難産であったから、かもしれない。陣痛室に5日間もいた人ってそうも居らんでしょう(苦)
少々過程を書くと、
予定日前でありながら、このまま予定日待つと4キロ超える、となり急遽入院することになり、陣痛を誘発。
その誘発といったら、1日目はラミナリアという細い棒ですね、あれを複数本局部にぎゅうぎゅうに入れる。非常に痛い。プラス、誘発剤。
翌日は、ラミナリアからバルーンというものに変更。本当に、バルーン。局部に入れられた風船はその役目のため、膨らまされる。痛い。くしくもこの日は友達の誕生日。股から貴女を祝ってあげる!とメールしていた自分が嘆かわしい。プラス誘発剤。
この時点で、後位破水という状況にはなっている。
3日目、この日くらいに普通の方なら生まれるが、わたしはダメだった。点滴の誘発剤に変えても無理だった。この日でしっかり破水したのではなかったのかしら。?
4日目、5日目、点滴の種類を変えるも、生まれない。破水による感染症のリスクが出てくる。陣痛は後半、2分に1回かそれくらいの頻度になるも、いっこうに児が骨盤を通ることができず、見通しもたたず、最終的に分娩停止。
6日目に緊急手術として帝王切開で出産した。細いところを通ろうと頭が伸び切ってしまった児を見た瞬間、フィフス・エレメントの青い宇宙人を思い出した。
『頭はしばらくしたら、戻りますよ!』と先生に溌剌と言われた。
とにもかくにも、助産師さんのことばを借りれば『フルコースですね、(陣痛も帝王切開も)両方経験するわけですね、経験値アップです』
この若い助産師さんの言い回しは少々2次元系に親しむ香りがしてわたしは痛みに苦悩しながらも好感が持てた。
児はたしかに大きかった。3700gであった。
加えて、わたしの骨盤が小さかったために通らず、児が降りてこれず子宮口も開ききれず、ということだった。
友達から早速メールが来た内容が『ゆるまんさんだなんて名前呼んでたけど、かたまんだったのね!』だった。
とりあえず、陣痛というものは本当に痛い。長ければ長いほど地獄であった。『日本のいちばん長い日』を体感できた。
振り返っても、妙な空間だな、と思う。極限の痛みがあり、産んで、ケロっとした顔で退院する人が大方の空間。それが、延々と繰り返されている空間で、つい最近のことであるのに、色あせつつある空間。
非日常であった。
産後、しばらく実家へ帰り、上げ膳据え膳していただいた。有り難い。これもまた非日常。
自宅へ戻り、寒を感じて季節の移り変わりを感じた。でも、まだクリスマスや年末は感じてない。
ただただ、腹部の手術痕が未だ少し痛く、ただただ、大きな大きな児に右往左往して、着の身着のままの格好、自分の料理もくそもなく、寝ている児を見て、わが子、なのか?と、不思議と思い、息しているかな?と顔を近づけて、ほっとする。
ああ、こんな鯛や今までのご飯、ボタン押したら出てこんかなあ、とか、なん、とか。
鯛茶漬け、やっぱりおいしかった。
できること、また色々増やしていきたいと、思うのでした。
さて、年末また更新できるかな。
楽しいクリスマスを。美味しいご飯を、心安らぐ人とともに。
追記:αステーションのキヨピーの2番組で3回にわたり、わたしの出産中継報告を読んでいただき有り難かった。
ちゃっかり、投書しているのです。へへ。
2018.10.01 Monday

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